下町柚子黄昏記 by @yuzutas0

したまち発・ゆずたそ作・試行錯誤の瓦礫の記録

リクルートを退職しました

今まで長いことお世話になりました! リクルートグループを退職しました! これからもよろしくお願い致します!

はじめに

自己紹介

ITmedia著者紹介欄から引用します。

リクルートテクノロジーズ プロダクトエンジニアリング部所属

途上国から限界集落まで各地放浪、ベンチャーキャピタルから投資を受けての起業や会社経営、リクルートグループ会社における複数の新規事業の立ち上げを経て、現職。

現在は急成長プロダクトを対象に、システムアーキテクチャの再構築やエンジニアチームの立ち上げ、立て直しに従事。

他エントリーTwitterもご覧くださいませ。

誰に何を伝えたいか

  • 私を知っている人たち、これまで私がお世話になった人たちに「懐かしいですね!」「色々やってきましたね!」「新しいことをやるんですね!」と思ってほしいです。
  • これから私を知る人たち、これから私がお世話になる人たちに「こういうことに興味があるのですね!」「新しい企画を実現しようとする人なのですね!」と思ってほしいです。
  • あわよくば「これから応援しますよ!」と思ってほしいです。

注意事項

  • 情報提供や企業解説を目的とするエントリーではありません。ひたすら自分語りが続きます。約27,000文字で、ずっと自分語りです。
  • ヨーロッパを横断しながら雰囲気で書いています。雰囲気で読んでください。旅をしながらブログを書いてるのに、ポエミーにならなかったら、それはそれでイヤじゃないですか。
  • 執筆時点での心境になります。時間が立てば志向・思考・嗜好は変わります。来年には真逆のことを言っているかもしれません。そういうものだと思ってください。
  • 私にとって都合の良い形で記憶が改竄されているかもしれません。無意識でアレオレ詐欺をしているかもしれません。大目に見てください。
  • お世話になった方々のうちTwitterで相互フォローしている公開アカウントについてはリンクを張っています。「追加してくれ!」「消してくれ!」ご要望はDMください。
  • 本エントリーの内容は個人的な見解であり、当時の所属組織を代表するものではありません。もし誤りや考慮不足だと感じる点があれば、それは全て私個人の力不足によるものですので、どうぞ私個人当てにご指摘のコメントをいただけると幸いです。

もくじ

やったこと(概略)

大企業で経験したかったことは一通りやらせてもらえたと思っています。

  • 【所属】持株会社1社、事業会社3社(人材領域2社・販促領域1社)、機能会社1社。
  • 【領域】主要メディア(HR系)、マッチングサービス、クライアント業務支援SaaS、営業支援ツール、社内基盤など。
  • 【業務 /ライン】UIデザイン、開発ディレクション、デジタルマーケティング、プロジェクトマネジメント、ソフトウェアエンジニアリング、カスタマーサポート、データ分析など。
  • 【業務 /スタッフ】ヒト(採用・配員・育成・評価)、モノ(調達/購買・資材管理・導入推進・除却)、カネ(予算調達・費消管理)、情報(社内Wiki運営・会議体設計・勉強会運営・広報)など。
  • 【フェーズ /事業】 0→1の新規事業、1→10の土台整備、10→100のグロース、100+の磨き込み・再成長。
  • 【フェーズ /組織】部署・チームの立ち上げ・立て直し・方向転換・安定化・拡大・縮小・統廃合。特にお世話になった機能会社では、社員が150人→1000人まで急増する場面に立ち会うことができた。
  • 【規模】1人夜なべプロジェクトから、100人体制の大規模案件まで。
  • 【立ち位置】誰にも認められない野良活動から、役員お抱えの最重要案件リードまで。

社外公開している案件については、いくつか後述します。


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入社の経緯

当時のリクルートの「IT化を進めよう」という風潮のもとでジョインしました。 入社を決めたのは(ズルズルと入社してしまったのは)、以下の理由があったからです。

入社理由①: ITの可能性にワクワクした

月並みな言葉ですが「IT」というものに興味がありました。

  • 子供の頃にゲームを作っていた。
    • クソゲー量産屋だった。新しい遊びを考案してクラスに広めるのが好きで、その延長上でゲーム開発にのめり込んだ。
    • 当時はデジモンロックマンエグゼサマーウォーズというコンテンツがあった。あの世界観が好きだった。「子供の頃に熱中したライトなSF」は「IT」と確かに結びついていた。
  • 大学時代にはITが生活の一部になっていた。
    • Financeの研究で統計ソフト(のつもりだったが実際はコードを書かないといけないツール)に慣れ親しんだ。機械が計算を肩代わりしてくれるのは最高だった。
    • 国際環境NGOでデジタルマーケティング施策を何年か担当した。途上国の水問題に関心があったのでやりがいを感じていた。
    • 量産したツールやサイトでお金を稼いでいた。これで生活できていたので、実は就職する必要はなかった。というかあれがなければ生活できていなかった。
    • 勘違い大学生だったのでSNSにクソポエムというか怪文書を垂れ流して炎上しまくっていた。あれはあれで今思うと楽しかった。
  • 心を揺さぶるような体験があった。
    • 東日本大震災(3・11)のときに募金情報まとめサイトを世界最速で公開した。Livedoorブログにテキストで列挙しただけだったが、多くの人から「募金したよ」「自分にできることはないか探していた」「少しでも誰かの役に立てるなら」といった言葉をいただいた。trippiece創業者の石田さんと一緒に国際協力メーリングリストを運営していたご縁で広く認知いただけたと記憶している。
    • Finance(研究)とNGO(仕事)を掛け合わせて、分散ポートフォリオ型の寄付システムを考案した。トレンドマイクロ社主催の国際コンペで世界500チーム中3位相当賞を受賞した。世界に通用する価値を自分の手で生み出せるかもしれない。そう思うと胸が熱くなった。ちなみにセキスペ最年少合格の矢倉さんが同賞受賞。
    • グラミン銀行と連携して、都内の小学校とバングラデュの農村部をSkypeで繋ぐ「国際交流」特別授業を実施した。当時は小学校の英語必修化に伴って「国際教育とは何か」が社会的関心の的になっていた。大人が描いた机上の空論や教育マニュアルで子供を振り回すのではなく、実際に子供が国際交流を体験できる機会を提供したかった。笑顔は世界の共通語と言うけれど、インターネットを通して、画面のこっちと向こうとで、子供達の笑顔が国境を超えた瞬間を目の当たりにした。バングラ側はe-educationの税所さんが取り持ってくださった。
    • 名古屋の友人からSkypeで「東京に遊びに行くから面白い人をアテンドしてくれ」と言われ、即席でイベントを立案した。1週間で関東・東海・関西の学生を50人くらい集めて、フリーペーパー見本市を開催した。とにかくスピード感があって、次々と人を巻き込んでいくのが刺激的だった。当時はmixi全盛期でコミュニティと日記をハックしてこうしたイベントを企画しまくっていた。ちょうどUstreamが話題だった時期で、ABEJAの岡田さんが映像配信を担当してくださった。

特に最後の4つは、いずれも0から自分で企画・提案して、実現まで漕ぎ着けたものでした。 期待してくれる人たち、喜んでくれる人たちの声が嬉しかったのを今でも覚えています。 自分の描く未来を実現できる。 そんなITの可能性にワクワクしました。

そして「リクルートなら何かできるのではないか」と思いました。 転職・旅行・飲食・美容・住居・教育・結婚など、人々の生活に密着するビジネスでITを活用する。 新しい体験。新しい価値提供。新しい可能性。 世界中の人々が抱える不を解消して、現実を理想へと近付けていく。 理想郷へと向かう旅。 色々な企画を考えて次々に実現していけると思うと、めちゃくちゃワクワクしました。

入社理由②: 武者修行したかった

もう1つの理由がこれです。武者修行の場を求めていました。

VCから出資を受けて、自分で会社を経営したのですが、アンチパターンをことごとく踏み抜きました。 出資者のアドバイスは的確だったのに、当時の私は意図を理解できず、歩み寄ることもできず、せっかくの機会を活かせませんでした。 後から『スタートアップ・マニュアル』や『リーンスタートアップ』を読んで「このことを言っていたのか」「全然できていなかった」と反省しました。 最終的には、会社を引き継ぎたいと仰ってくださる方に、株式を譲渡することになりました。

自分がイヤになりました。とにかく場数を踏んで修行したいと考えました。 私は器用なタイプではないので、実際に経験しないと何も理解できないし、行動に繋げられない。 小さい子供が公園で遊びながら急成長するように、新規事業を立ち上げまくって、ありとあらゆる業務を試行錯誤しまくる。 そういう時間が自分には必要だと考えました。

そんなときに新聞記事を見かけました。 リクルートは「IT x 新規事業」を次々と打ち出す方針である。 多産多死は覚悟の上だ。 そういったメッセージがなされていました。 「まさに自分が求めている環境だ!」と思いました。

記事に目が行ったのは、もともとリクルートに興味を持っていたからです。 当時知り合いだった経営者の何人かはリクルート出身で、入社を勧められたことがありました。

「反骨心の塊のような人材だからこそ、人一倍活躍できる。リクルートはそういう会社だよ。 僕はリクルートで修行させてもらった。本当に多くのことを学ばせてもらった。 君も似てるタイプだから、きっとリクルートは合うと思うよ。」

みたいなことを言われた記憶があります。

入社理由③: 最高のクリエイターと出会った

そんなこんなで面談を受けました。

社員「何したい?」

私「遊びたいっす!」

社員「いいね!採用!」

こんな感じで決まったのを覚えています。 面談を通して、私にとっての「企画」とは「遊び」の延長にあるものだと気付きました。

とりあえずお試しということで、希望した新規事業部署にアルバイト枠でジョインしました。 プロダクトマネージャー見習いとして、UIデザインやマーケティングの仕事を手伝いました。 ビジネスチャットアプリをようやくリリースした直後に、世間ではSlackがバズってしまって、即クローズとなったのは今でもトラウマです。

多産多死の中、唯一まだURLが生きているのが「postd」というメディアで、私はその前身ブログ(=MVP)の記事作成を中心に手伝いました。 『Pythonにサヨナラを』というエントリーが伸びたことで上手く話が進んだと記憶しています。 ちなみにこの記事がバズったときの施策を提案したのは他ならぬ私ですからね!!!!!

遊び尽くしたら辞める予定だったのですが、嬉しい誤算で、最高のクリエイターとの出会いがありました。 「コトノハ」などを個人開発した@ohidaさんがメンターとして付いてくださったのです。 彼に影響を受けたことで、WEBサービスを個人開発するようになり、その延長で本格的なエンジニアリングを学ぶことを決意しました。 空想のアイデアが現実のサービスになって、顔も名前も知らないユーザーが使ってくれて、ポジティブな感想を寄せてくれるというのは、めちゃくちゃ快感でした。

社員の仕事を次々と巻き取っていたら「アルバイトの安い給料でここまでやってもらって本当に申し訳ない」とよくご飯を奢ってくださったことを覚えています。 その食事会がまた最高でした。 当時はFacebookブームの真っ最中で、新しいサービスやビジネスが次々と台頭しました。 チームランチの度に「このサービスはここが素晴らしい」「このビジネスを自分が伸ばすならこうする」とディスカッションが白熱しました。 この体験が素晴らしすぎて、一緒にいるうちに、そのままズルズルと社員になりました。

入社理由④: 最強のチームと出会った

社員になってすぐ問題が起きました。 新規事業部署のポストが埋まっていたのです。

人事「(こいつの配属どうしよ)何したい?」

私「この新規事業の部署で引き続きお願いします!」

人事「(アルバイトならともかく社員の枠は今ないんだよなぁ)」
人事「えーと、重点的に伸ばしたいスキルとかある?」

私「自分でビジネスを企画・運営していきたいです!」
私「ゼネラリストとして幅広く伸ばしていくつもりです」

人事「何か1つ切り口がないと配属を決められないのだが」

私「えっ」

人事「えっ」

→ 色々と話を聞く

私「(配属枠がないなら新規事業をやるとか新聞で言うなよ……)」
私「(企画職募集とか求人に書くなよ……)」
私「えーと、あ、じゃあ、辞めます」

人事「えっ」

私「えっ」

人事・私「えっ……」

役員「だったら俺のところに来い。全部やらせてやるよ」

ということで拾っていただき、役員直下の、まだ部署にさえなっていないところに、自分の名前がポツーンと載りました。 リクルートのIT内製化を推進する部隊(になる予定の何か)です。

「圧倒的な成果を早急に出して部署として認められなければ半年後に俺たちの席はない」という修羅の環境で、私としては居心地が良かったです。 いわゆる課(グループ)への配属が正常ルートなのですが、多分それだと退屈すぎて1週間で辞めていただろうなと思います。 私のような問題児であっても、しっかりと拾い上げてくれる器の大きい会社だからこそ、50年以上も進化し続けてきたのだなぁと感動しました。

半年後には無事に部署になり、最強格の人材が続々と集まりました。 IPA未踏出身者、元ベンチャーCTO、有名ライブラリ開発者、後のGooglerといった強いメンバーです。 「このメンバーで会社を作ったらあっという間に数億は調達できるだろ……」と思えるような面々でした。 ここでエンジニアリングの師匠となるような方々と出会えたからこそ、後にPyConやデブサミで評価いただくような成果を出せたのだと思います。

また、後輩の@toiroakrがジョインしたことで、私の価値観は大きく変わりました。 彼はめちゃくちゃ優秀で、さらに「先輩を応援したいので手伝いますよ」「やりたいこと言ってくれたら僕がやっておきますよ」というイケメンでした。 当時の私は「1人で戦い抜く力がいる……!」とクラピカみたいなことを言っていたのですが、「こんなにすげぇやつがいるんだ」「人に頼っていいんだ」と感動したのを覚えています。

同様に(別の部署での話ですが)@mactkg@shota_koharaがジョインしたときは「自分は老害になりかけている」と気付かされました。 影響力のある後輩たちが次々と入社して、彼らに教えてもらうことが増えると「代わりに彼らのために何か自分にできることをしてあげたい」「若手メンバーが活躍できるような環境を作っていきたい」と思うようになりました。

そんなこんなで会社に居着いてしまいました。 ここまでが入社の経緯です。長い。

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やったこと

社外公開済みの案件をいくつか貼ります。 ディレクション・エンジニアリング業務を中心に発信してきました。 ありがたいことにどの仕事も充実していたので、スライドはいずれも100枚以上のボリュームになります。

やったこと①: 大規模メディア・グロースハック・WebAPI開発

XP祭りのセッション内容より引用

10年物のレガシーシステムにおいて、120の開発案件を捌き、4ヶ月でユーザーアクション数を2.8倍にしました。 1つ1つボトルネックを愚直に解消していくことで、気付いたらアジャイルのプラクティスが適用されている状態になりました。


最初のボトルネックはプロセス面でした。 どの施策が当たるか分からない。しかし優先順位は決めなくてはいけない。 担当箇所は各サブシステムから依存され、15チームから改修依頼が寄せられた。 継続的にステークホルダーとの調整・軌道修正をしなくてはいけない。 短期間で大量案件に対応するためには、手戻りや障害対応などのムダ・ムラ・ムリは許されない。


次のボトルネックは発表者自身の個人スキルです。 開発経験がほとんどない状態で参画したため、プロセスが回り始めるとチームのボトルネックとなりました。 短間で戦力にならなくてはいけません。


最後のボトルネックアーキテクチャです。 大量のサブシステム同士の依存、3000テーブル・10万カラムを超えるDB、 Excel設計書のフローチャートそのままに深いネストで書かれた処理、 全ての責務が詰め込まれたCommonクラス。 多少のスキルを習得したところで、高速開発に耐えられる内部品質ではありません。


こういった課題に1つ1つ対応していきました。

師匠である@umemofumofuさんにエンジニアリングのイロハ(初級編)を叩き込まれました。 4ヶ月で3年分の経験ができました。

かなりレガシーな環境でしたが、だからこそ良くも悪くも「旧来のリクルート」のメディアに触れることができました。 短期間で120案件を担うと、どんな施策が短期間で実現可能なのか、どんな施策が効くのか、さすがに見積もれるようになりました。 特に「一覧→詳細→アクション」構造のカスタマー向けメディアについては、やれることは試せたのかなと思っています。 営業向け研修に忍び込んだり、ミーティングに勝手に参加したりと、片っ端から知識を吸収してビジネス理解に務めました。

技術的負債の蓄積したシステム構成と大規模体制で、良い設計とは何か?良いコードとは何か?を模索しながら開発しました。 特にNetflixの"Web API's Orchestration Layer"(今で言うBFF:Backend for Frontend)と、Martin Fowlerの"Microservices"に影響を受けています。 振り返るとプログラミングにのめり込んでいた貴重な時期でした。

ちなみに、このプロジェクトのあと、ストレスで胃腸炎になって3日ほどダウンしました。

やったこと②: モバイルアプリ・スクラム・チーム立ち上げ

開発チームのアンチパターンは大体踏みました。 当時は@kantarockさんや@kadoppeさんや@takefujisanさんに迷惑を掛けました。 この頃はストレスが溜まって、よく暴れていました。 偉い人たちにはめっちゃ怒られました。

やったこと③: システム再構築・プロセス整備・チーム立て直し

SPI Japanのエントリーシートより抜粋

問題: 急成長フェーズのプロダクトにて、開発・運用チームが疲弊し「不透明性→局所最適な行動→品質劣化→相次ぐトラブル→さらなる疲弊」の悪循環に陥った。


打ち手: 検査と適応を繰り返した。 サービスレベル定義→品質・障害対応の目線合わせ。 スプリントセレモニー開催→会話の活性化。 バリューストリームマップ作成→業務の可視化。 ドキュメントのデザインパターン化→知識共有の促進。


結果: 「可視化→全体最適志向→品質予防+SLA・OLAに基づく対応→安定化」の好循環が回り始めた。

めちゃくちゃ大変でした。

  • 「売上3倍/年」というプロダクトの急成長。
  • 「メンバー数2倍/Q」というチームの急拡大。
  • 「障害2件/営業日」という危機的状況。

ここから立て直しを図りました。

他の企業だとこの状況に陥ることはありえないでしょう。マネジメントの崩壊です。 ただ、リクルートでは次世代を担う事業を育てるときに、このような「垂直立ち上げ」をあえて行うそうです。 そして 無茶振り 期待に応えたメンバーが、事業のグロースと共に、次世代を担う人材として育つのだそうです。

ちょうどリクルート生活の折り返し地点に当たり、私が最もレベルアップを実感できた仕事です。 この修羅場を乗り越えたことで「急成長フェーズはどうにかハンドリングできる」という自信を得ました。

一流のソフトウェアエンジニアに囲まれながらのシステム再構築や障害対応で経験値を荒稼ぎしました。 @shoitoさんにエンジニアリングのあれこれ(応用編)を叩き込まれました。 正攻法のチューニングを積み重ねてレスポンスタイム300倍改善を実現しました。

@i2keyさんには毎日の1on1を通して「上手くやっていく」ためのイロハを叩き込まれました。 帰る前に次の方針を決めて、翌日試してみて、ダメで、また帰宅前に相談して。 原理・原則はこうで。現場の課題はこうで。プロセスをどう設計するか。チームをどう促すか。 トップクラスのビジネススクールに通ってリアルなケース課題に朝から夜まで打ち込むようなものです。 しかも給料も毎月振り込まれる。最高の時間でした。

また、チームを立て直しながら、片手間で「アプリ内ポイント購入機能」や「クレジットカード決済機能」を開発しました。 お金周りが絡む案件は、ビジネス観点・システム観点ともに難易度が高いものです。 ビジネス面では@hisonlと二人三脚で、資金決済法を通すところから始め、特商法プラットフォーマー規約を踏まえて、各種要件を定義しました。 システム面では@taisho6339の助力を受けて、Android Studioを開くところから始め、1ヶ月の隙間時間で決済機能を実装しました。 かつての自分では全力を出しても(支援を受けても)達成できなかったであろう案件です。 そんな高難易度の案件を、片手間で速やかに捌けたことで「大抵の案件はどうにかできる」という自信を得ました。

間違いなくターニングポイントとなった仕事でした。 ちなみに、立て直しのあとは、ストレスで1週間ほど寝込みました。

やったこと④: 使われるデータ基盤の構築

PyCon JPのプロポーザルより抜粋

Python(JupyterNotebook)とBigQueryを用いたモニタリング基盤・データ分析基盤の開発・運用について話します。 多様な部署・職種が関わる大企業において、どのような目的・用途・制約が与えられ、そのためにどのようなシステム・プロセスを採用したのか共有します。


現場ならではの泥臭い話をたっぷりお届けします。


モニタリング編: 非技術者が作った重厚長大Excelシートをいかに置き換えるか。 「時間を掛けて作ったが誰にも使われない」悲劇をいかに回避するか。 モニタリング内容の正しさをいかにテストするか。


アドホック編: 分析経験のないエンジニアチームでいかにデータスキルを装着させるか。 システム開発の現場で仮説検証プロセスをいかに組み込むか。

@sone_zoneさん、@oosugi_naoyaさん、@tky_bpp氏、@isbtty7くん、@lapis_zero09さんなど、多くの方々に助けてもらいながら取り組みました。 これまでの仕事で学んだことを「データ活用」というトピックに応用することで価値創出へと繋げました。

グループ会社の壁を感じることもなくスムーズに業務を遂行できたのはプロ開メンバーのお陰でもあります。 @beniyamaさん、@_mponさん、@reizistさん、@nobuokaさん、@reoy_くんたちがWelcomeな雰囲気で盛り上げてくれて、ツール周りでも色々と支援いただきました。

社内向けではありますが、私はデータ基盤を1つのプロダクトだと位置付けています。 社外向けにWEBサービスを運営するのと同じです。 やることは「自分が構想したプロダクト」の構築・運営です。 オーナーシップを持ちたい私としては念願の案件でした。

Jupyter Notebook や BigQuery は触っているだけでも楽しかったです。 目先の仕事に限らず、様々な企画・研究・開発の役に立つ。 このテクノロジーはきっと可能性を広げてくれる。 そう感じました。

ちなみに、カンファレンスに登壇するようになって、ようやく社内外で評価をいただき始めたのがこの時期です。 @poohsunnyさんが背中を押してくれました。

やったこと⑤: DataOps / データ活用の推進

Developers Summitのセッション紹介より抜粋

データの民主化、データ基盤の構築、分析チームの立ち上げ、機械学習プロジェクト。世を見渡せばキラキラした事例に溢れています。 しかし、いざ自分たちでやろうとしてもなかなか上手くいきません。理想に辿り着くためには、泥臭い過程が存在します。


本セッションでは「登り方や道のりを知りたいんだ!」という方に向けて、DataOpsの観点から案件・システム・プロセス・文化・組織をエンジニアリングしてきた現場のリアルをご紹介します。 データ活用に携わる全てのエンジニアが今すぐ行動するためのヒントを持ち帰っていただければ幸いです。

「データ活用」に関して、現時点で世に出ている日本語の資料の中で、最も内容が充実したものの1つだと自負しています。 それも当たり前で、大企業のリソースをフル活用して、投資と学びのサイクルをぶん回したからです。 (50年以上の歴史があるレガシー企業でDataとOpsを繋げるという意味では)世界の最先端を走っていました。 アクセル全開で片っ端から施策を試して、本来であれば3年を費やして少しずつ咀嚼・浸透するような知見・経験を短期間で引っ張り出し、役員・部長・マネージャー陣にフィードバックすることで、組織の時計の針を前進させたと(私は勝手に)思っています。

これもひとえにお力添えいただいた100人以上の方々がいたからこそです。 私が担当していない事業領域については@yusaku_tokunagaくんや@masuo_kettleさんたちに相談させていただきました。 というか私はコンセプトを描いただけで、実際には「周りのすごい人たち」が良い感じにやってくれた、というのが実態です。 アルバイトの@sukukyon@macinjokeに助けられることも多く、人伝てで「随分と懐かれていますね!楽しそうに話していましたよ!」と聞いたときには、あぁ自分のアルバイト時代もこんなだったかなと感慨深いものがありました。

個々の案件を取っても、◯◯億のマーケティング施策に影響を与える分析だったり、社会的意義のあるプレスリリースを打ったりと、ビジネスとシステムの境界に立つからこそ担えた案件ばかりでした。 色々な意味でリクルート生活の集大成と言える仕事だったと思います。

ちなみに、この頃にはストレス管理も小慣れており、事前調整した上で1ヶ月のバカンスを楽しみました。 試行錯誤して「Workは朝に専念する」「2時間のシエスタを取る」「18:00には会社を出る」といったルーティーンを固めました。

やったこと⑥: 新規事業の立ち上げ

最後の仕事として、エースプレイヤーである@RyoMa_0923さん、@int_ttプロ、@orisanoプロ、@mic_psmくん、@yuriettysたちと一緒に新サービスを立ち上げました。 コードネームは「Heisei Final Project」(平成最後のプロジェクト)です。ヤバいよね。 社内的にはデータ組織とエンジニア組織が密に連携してプロダクトにコミットするという象徴的なプロジェクトでもありました。 このプロジェクトを担当したことが退職理由の1つとなります。後述します。

やったこと⑦: その他いろいろ

まぁとにかく(良い意味で)騒がしい出来事だらけでした。 もはや自分でも何をやっていた人なのか分かりません。

強いていうなら「リーン」(トヨタウェイ)の原理・原則を業務に適用する人だったのかなと思います。 事業・組織・システムにおける、立ち上げ・立て直しフェーズが得意でした。 変革の経験者は少ないため、変化が求められるタイミングであっても、無意識のうちに旧来的なパラダイム・手法を採用しがちです。 しかしフェーズと打ち手がマッチせず、アンチパターンに陥ってしまいます。 そういった状況に対してリーンの原則(=反直感的な成功法則)を適用することで、上手く軌道に乗せるのが私の勝ちパターンです。

もうちょっと分かりやすい話を取り上げると、社内勉強会の運営が挙げられます。 社内勉強会を運営するときには、スクラム開発と同じ要領で、バックログを設けて継続的な改善を行いました。

勉強会の運営は@hotchemiさんや@saori_murookaさんと一緒に始めました。 そのあと部署の統廃合を経て@cauchy_6くん、@chiiia12さん、@susunshunとの運営体制に変わりました。 退職時点では@maxmellon_9039くんが運営を引き継いでくれています。 社内勉強会の運営をきっかけにして話をした@_tanayukさんとは、その後も社内外でお世話になる機会があり、今でも仕事を紹介してもらったりしています。

繋がりが続いていくのは本当にありがたいことです。

振り返ってみてどうだった?

色々ありましたけど、それなりに楽しかったです。

類は友を呼ぶと言いますか、私がお世話になったところは、トップから現場まで動物園みたいでした。 すごい治安が悪くて、みんな田舎のヤンキーっぽくて、私は完璧にカルチャーフィットしていました。

正論が1ミリも通らないところがいいですね。 「そんなに正しいと思うならお前が自分でやれば?」みたいな。 んで、1人で勝手に突っ走っていたら、周囲は面白がって支援し始める。 「そんなにやりたいと思うなら俺も全力で手伝うぜ!」みたいな。

魂ドリブンで前に進むところは最高にエモーショナルでロックだと思います。 これは皮肉ではなく本気で褒めています。 「正しいだけで面白くない」みたいなことって世の中には沢山あって、安易な正しさに逃げてしまうと、長期的には破綻するのだろうなと思います。 そういった意味で、とてもしなやかというか、器の大きい会社だったなと感じています。

そして「どんなことでも変えられる」と教わりました。 最初は「イケてねぇなぁ!」と思っていた環境が、今では「悪くないじゃん!」と思えるまでに変わりました。

基幹システムはCobolと汎用機。 WEBサイトの開発環境は32bitのwindowsマシン。 「Git導入のメリット・デメリットを説明しろ」と言われて前に進めない。 少しずつ時間を掛けて、愚直に1つずつ課題を乗り越える。 ときには圧倒的な成果で周りを黙らせてから進める。 そんなこんなで、できるところから、モダンな環境に徐々に移行しています。

対外的な話では、昔は時給900円のアルバイト枠しか許されなかったのが、 今では月60万円のアルバイトを募集できるようになったり、 昔は社名・プロダクト名・個人名を出して外部発表できなかったのが、 今では個人ブログで会社のアドベントカレンダーに参加できるようになったり。

ここで挙げた事例はあくまで表面的な話で、根本にあるのはカルチャーの変化です。 IT部門がビジネスのドライバーとなるべく急変革してきた結果です。

文句を言うヒマがあったら、どんどん変えていけていけばいいじゃないか。 そういう人達が集まって、少しずつ変わっていきました。 時間は掛かるかもしれませんが、きっとこれからも色々なことが変わっていくはずです。 「どんなことでも変えられる」と思えると、ずいぶんと生きやすくなります。

何ができるようになった?何を得た?

1つ目は広義のエンジニアリングスキルです。 リーンとかITILとかDevOpsといった「仕事の考え方やノウハウ」に少しだけ触れることができました。 ソフトウェアエンジニアリングの特徴として「知見を展開しあうオープンな文化である」「フィードバックサイクルが早い」ことが挙げられます。 そのため他の分野・業種に比べて業界全体の進化が早いように思います。 パラダイムが次々と変わる真っ只中に身を置き、世界最先端の知見に触れることができる。 エキサイティングで最高の分野だと感じています。

2つ目はInvestmentのControllです。 足を使い、目を使い、耳を使い、頭を使い、口を使い、手を使い、現場の最前線で各論1つ1つにぶつかったことで、微に入り細を穿つような意思決定力が身に付いたと思います。 徹底的な現場主義・経験主義の風土で働けたからこそです。 リクルートが培ってきた泥臭い文化と、リーン(トヨタウェイ)に精通した上司たちの影響を強く受けています。 プロダクトオーナーの役割は「InvestmentのControll」と「ReturnのManagement」と言われていますが、前者についてはそれなりの水準で習得できたのではないかと思っています。 後者を習得するのが次のステップで、退職理由の1つでもあります。

3つ目はちょっと曖昧ですが「何とかするパワー」です。 振り返ってみて思うのですが、自分自身の能力で問題解決したことは一度もなくて、各案件に1人以上は「この人に助けてもらった」という名前を挙げることができます。 結局のところ「優秀な人と巡り合い、彼らに助けてもらうことで、結果的に上手く行った」という状況を何度も繰り返してきただけでした。 そういう経験を繰り返す中で、気付いたら人並みに何とか物事をやり遂げるスキルというか、運というか、習慣のようなものが少しは身に付いたかな、と思います。 いや、でもやっぱり運ですかね。1人だと相変わらず何もできないですね。


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椅子が前面に出ている残念な卒業記念写真(左)、悪意のある提案「あえて低い天井で胴上げやろうぜ」(中央)、最後のSlack投稿になるはずだった投稿(右上)、RTC名物#ultra_soulチャンネル(右)、最後のSlack投稿になってしまった投稿(右下)


#「迷い」と「決断」

退職の検討に当たっては特に@takesakoさんにお世話になりました。 無理に留めるでもなく、積極的に押し出すでもなく、フェアな視点で考えるためのヒントをいただけたと思っています。 何か1つ決定的な理由があったのではなく、うだうだと迷って、色々な出来事が重なった上での決断となります。

退職理由①: 人に対する焦りがあった

1つ目。ある人との出会いがありました。 その人は子供の頃から好きだったことに10年以上も打ち込んで仕事にしていました。 先が明るい業界とは言い難く、大変なことも多々あるだろうに、それでも楽しそうにやっているのを見て「あぁ、すげぇな」「負けたくないな」と思いました。 その人に比べて自分はどうだろうか。子供の頃の自分に対して、今の自分の姿を自慢できるだろうか。 入社当時にやりたかったことは、本当にできているのだろうか。これからできるようになるのだろうか。そう思いました。

2つ目。同僚が次々と辞めていきました。さすがに5年も経つと、人は入れ替わります。 特に最近はスペシャリストが働きやすい職場へと急変貌を遂げているので、相対的にゼネラリストが残りにくい時期なのかなと思います。 「特定技術に強い人」が明瞭な成果を出して高く評価される一方で、「特定事業を担う現場リーダー」は次々と退職して、ベンチャーに転職したり、起業するパターンが続きました。 私も根っこではゼネラリスト志向なので、共感できる仲間が減って「人が変わってきたなぁ」「寂しいなぁ」という気持ちになりました。 そして彼らが新天気で活躍するのを遠巻きに見て、置いてけぼりにされているような、追いかけなければいけないような、そんな気持ちになりました。

3つ目。学生時代にバングラデシュ原丈人さんにお会いして影響を受けたのですが、彼が本格的に事業活動を始めた年齢に追いついてしまいました。 まぁ、あまり年齢で物事を考えるのは好きではないというか、子供でも老人でもやろうと思えばいつだって何だってできるだろという思想を大事にしたいのですが。 そもそも日々を楽しく過ごしていたら、年齢は意識しないと思うんですよね。というか他人と自分を比較すること自体がナンセンスですよね。 だけど多少なりとも意識してしまいました。雑念を振り払うことができませんでした。これはもう何かを変えるタイミングなのだろうなと思いました。

退職理由②: 環境に対する焦りがあった

1つ目。担当サービスの勝ち筋を模索するためにアメリカ出張に行きました。 海外の伸びているサービスの強さの秘訣はどこにあるのか、各社の経営者に話を聞いて回りました。 決定的な差は「マーケットサイズが違う」という一言に尽きます。 あまりにも規模が違いすぎて、小手先の試行錯誤では太刀打ちできないと悟りました。 マーケットを読むことが勝ちに繋がる。 マーケット感覚を身に付けてReturnをManagementできる企画屋になりたいと痛感しました。 大企業の内輪で好き勝手やっている場合じゃねぇぞと思いました。

2つ目。少数チームに再現可能な方法論を身に着けたいと思いました。 特に3ヶ月単位でOKRを設定して高い目標にフォーカスするような働き方はぜひ経験したかった。 自分の企画を次々と世に出すためには「フォーカス」(集中)と「モメンタム」(勢い)が必要でした。 リクルートには、200以上のサービスがあって、その1つ1つに歴史があります。 10を超えるグループ会社があって、それぞれに50の組織があって、そこに所属する10,000人の従業員がいて、さらに常駐パートナーがいて、1人1人のメンバーが違うミッションを持っています。 そういう状況で擦り合わせながら仕事を進めるだから、どうしてもリードタイムは掛かります。 まぁ、だからこそ「リソースを動かして面を取る。勝ちを抑える。」といった発想が生まれるのかなとも思います。 この発想があるのとないのとでは話が変わってくるので、大企業ならではの働き方を知る事ができたのは良かったです。 ただ、いつまでも会社の脛をかじっている場合じゃねぇぞと思いました。

3つ目。『個人開発がやりたくなる本 - クリエイター13人の実録エッセイ』自費出版しました。

ということで始めたのですが、プロジェクトが炎上して大変でした。 良くも悪くも自分は「1つの会社での働き方」が染み付いていて、外でやるとこんなにも違うのかと痛感しました。 これはまずいぞ。個人で活躍していきたいなら、さっさと外に出たほうがいいぞ。そう思いました。

そして、それ以上に、めちゃくちゃ楽しかったんですね。 他の執筆者と交流したり、彼らの原稿を読んだり、ディスカッションしたり、自分の企画が人を動かしたり、描いたアイデアが形になっていったり。 こんな楽しいことを思い出してしまったら、もう止められないですよね。 「もっとチャレンジしたい」「自分の企画を次々と世に出したい」という欲望が溢れてきました。 誰かのアイデアにフルタイムで従事している場合じゃねぇぞと思いました。

退職理由③: 節目だった

1つ目。組織のフェーズとして求められる役割が変わってきたと感じました。 リクルートにおける「データ活用」は混乱期を抜けつつあります。 経営層と現場が互いに歩み寄って、ガバナンスが効き始めていました。 このフェーズで必要なのは、私の得意なチェンジマネジメント(立ち上げ・立て直し)ではなく、1人1人の地道な取り組みと擦り合わせです。 私がこれ以上頑張らなくても、組織は良い方向に進むだろうと思えました。

2つ目。デブサミ夏2018のアンケートで満足度No1をいただけました。 入社時に拾ってくれた役員が数年前に同じ枠で登壇していたので、少しだけ近付けたのかなと嬉しく思いました。 一緒に飲みに行って、その旨を伝えて、きちんとお礼を言うことができました。 「俺はアンケート2位だったよ。この野郎。」と言われて、なぜか2人とも笑ってしまいました。 入社直後はイラっとすることも多く、いつか何か1つ見返してやろうと思っていたのですが、ようやく5年越しに目標を達成できたのかなと思います。 帰宅して一息ついてから「やってやったぜ。ざまぁみろ。」と思いました。

3つ目。さすがに5年もいると組織に対して執着心が湧きました。 長いこと時間を費やしたからにはもっとリターンを得なければいけない、という焦燥感が年々大きくなりました。 サンクコストに振り回されて、過剰な見返りを求め続けても、いずれ破綻するのは明らかです。 残るか辞めるか天秤に掛けたときに「せっかくこれだけ長く在籍しているのだから」「こういう予算や権限を使えるのだから」と頭の片隅で思ってしまいました。 「ワクワクするから」「こういう学びを得られるから」「こういうやりがいがあるから」という理由よりも先に不純な発想が出てきました。 「随分とつまらない人間になったなぁ」「子供の頃の自分がなりたくなかった大人になってるじゃねぇかよ」と思いました。 愛着なら良いのですが、執着はダメですね。邪な執着心が意思決定を歪めて、巡り巡って自分の首を締める。そんな未来が容易に想像できました。 さすがに長く留まりすぎた。潮時だ。これ以上残るべきではない。そう痛感しました。

また、アルバイト時代を入れると6年弱の勤務で「小学校の入学から卒業まで」「中学+高校と同じ年数」だと思うと「そろそろかな」という気持ちになりました。 あと、人生で一度はやりたかったことや心残りだったことを、プライベート面で色々と消化したので「もういいかな」という気持ちになりました。 平成も終わるし!時代は流れる!

退職理由④: 企画屋でありたかった

最後の仕事で新規事業の立ち上げに関わって刺激を受けました。 新しい価値を創出するというか、これまでなかったものを実現するというか、やっぱりこういうのが大好きだと思いました。

私は(名目上)データ活用をデザインする立場としてアサインされました。 一方で、数少ない事業開発の経験者でもあったので、立ち上げ期のPM代理として振る舞うことが実質的な提供バリューだったと思っています。

そこで一緒に働いた若手メンバーたち、特にソフトウェアエンジニアは優秀で、本当に素敵なチームメイトたちでした。 「すげぇな」と思ったし、「彼らの本当の仲間になりたいな」と思いました。 スキルがあることがすごいのではなく、彼らが技術と真っ直ぐに向き合っていて、未知の状況でも前向きに挑戦していることがすごいなと思いました。 エンジニアとかPM代理とか、そういう(今の自分が心の底から楽しいと思えない)立場で、彼らと一緒に仕事をすることに、後ろめたさと物足りなさを感じました。

当時のエモいメモをコピペします。

俺は企画屋でいたいんだ。 俺の企画を彼らと一緒にやりたい。 俺の企画を彼らに認めてもらいたい。 俺の企画を彼らに楽しんでほしい。

他の誰かが考えた企画を彼らと一緒に実現したいわけじゃない。 そうじゃないんだ。俺の企画を彼らと一緒に実現したいんだ。

一流のすごい仲間と、お互いに尊敬しあえる友達と、対等な関係で、一緒に遊びたい。 それだけなんだ。憧れた人と一緒に遊びたいだけなんだ。仲間に入れて欲しいだけなんだ。 子供の頃から何も変わらない。有り余った力で走り回るのと同じ。本気で一緒に遊べる友達が欲しい。それだけなんだ。

どうしたら彼らの仲間になれるだろうか。 今の俺はまだ一流の企画屋ではない。 このまま進んだ先に、一流の企画屋を名乗れる未来があるだろうか。 今のままこの会社で働き続けることが本当にベストなのだろうか。

彼らと一緒にいたいと思うからこそ、ここに残る言い訳を探しているけど、 彼らと一緒にいるために必要なものは、ここに残っていたら手に入らない。

多分、俺がここに残る理由は、もうない。

退職理由⑤: 欲が出た

いやいや、待てや!探せば社内にも何かあるでしょ!ということで、色々な人に相談に乗っていただきました。 グループ会社の事業開発部門と海外投資部門に空きポストを見つけて、異動願いを受理いただきました。 退職しなければそこで働く予定でした。

ただ、色々な人と話をする中で「リクルートは新規事業を立ち上げるのは上手いが、どちらかというと組織的な強さであって、個人の強さを鍛える場ではない」と感じました。 私が業務で接した範囲ではありますが、この会社は「振り返る」「作る」力が強く、一方で「計画する」「売る」力は、私の求めるものとは異なりました。

※あくまでも主観です。私の立場からはそう見えました。

  • 「Plan」「Do」「See」において「Do」「See」が尋常じゃなく強い。
    • メンバー1人1人が自分の正しいと思うシナリオ・やり方で、同時多発的に大量の施策を打って、上手くいったものを勝ちパターンとして採用している。
    • 後から見たら確かに「筋が通っている」ように見えるが、一方で、他の「筋が通っているプラン」は大量の屍として横たわっている。
    • ホットペッパーの立ち上げがまさに好例で、全国で多様な営業施策を打ち、成果が出た北海道のやり方(=駅チカの居酒屋クーポン)だけが生き残って横展開された。
    • あくまでアメーバ経営やセットベース的な発想が元にあって、各論についてのPlanに力点を置く組織文化ではない。
  • 「作る」ためのエンジニア組織が急成長する一方で「売る」側は旧来の特徴が色濃く出ている。
    • 大規模予算投下によるマスプロモーションのインパクトが目立つ。一方で組織文化としてマーケティング思考が徹底されているわけではなく、予算消化目標ありきで振り回されていると感じる場面は少なくなかった。
    • コンサルティング型営業に強みがある。「圧倒的当事者意識で顧客に寄り添う」というスタンスは、高単価・高付加価値の営業モデルと連動している。米国滞在時に話した業務支援SaaSは少数メンバーで多くの顧客を獲得していたが、彼らと比べると売り方のスタイルは明らかに違う。

※あくまでも主観です。私の立場からはそう見えました。

これらは別に悪いことではありません。組織としての特徴です。 確固たる勝ち方を持っていて、その勝ち方を踏まえた経営がなされているからこそ、こういう顕著な組織の特徴が出てくるのだと思います。 しかし、私が良い企画を練られるようになるとか、私がマーケティング上手になるとか、私が独立したときに「自分でヒットさせる」ことができるとか、そういった個人としての強さを身につけやすい環境とは言えないのかなとも思いました。

※あくまでも主観です。私の立場からはそう見えました。

「そういう組織だからこそ学べたことが沢山ある」「次は別のことを学びたいので別の場所のほうが効率が良いのではないか」と私個人が思ったというだけです。 まだ見ぬ世界に憧れたというだけです。 要するに、欲が出たのです。

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渾身のポエムだ!聴いてくれ!

ということで、私が辞めるのは、会社の抱える不によるものではなく、私自身のフェーズの変化によるものです。 お世話になった方々が山ほどいて、色々なことを経験させていただいて、時には不満をぶつけて、腹を割って話し合って、そうやって何年も掛けて、リクルートという会社を咀嚼してきたつもりです。 いまさらこんなところに載せるような悪口は思いつきません。 そんなことより俺のポエムを聴いてくれ!

全ては表裏一体だと思っています。 「こういう特徴があるから、こういう人には合うし、こうなると合わない」というだけです。 泳ぎたいなら海に行くし、ハイキングなら山に行く。 海と山を比較して良いとか悪いとか正しいとか間違っているとか言うつもりはありません。 行きたいと思ったところに行くだけです。

人生を旅路で例えるなら、就職とか退職というのは、列車の乗り降りのようなもので 「車内にうんこ落ちてるやんけ!最悪!二度と来ねぇ!」とブチ切れて降りることもあれば、 「座りすぎて腰を痛めたのでちょっと外に出ますね」と一時的に降りてリフレッシュしてまた乗ることもあれば、 「あっちすげぇ!蒸気機関車やんけ!」とハイテンションで駆け降りることもあるわけです。 だから面白いんですよね。 自分の心が一番ワクワクする選択肢を選ぶ。 そういう旅をしていきたい。

そして、そういう旅をお手伝いするのが、リクルートの事業だと思っています。 特にHR領域はまさにそうで、旅人であるカスタマー(求職者)と、列車であるクライアント(企業)をマッチングするビジネス。 誰もが心のままに人生を旅するような、そういう世界を実現しようという会社。 果てしなく広がる陸路を示すのが、リクルートなわけです。 陸路。陸・路。リク・ルート。リクルート。はい上手。

リクルートの言葉の中で「Follow Your Heart」が一番好きです。 「心のままに」と勝手に訳しています。 風のように、心のままに、旅をしていきたいです。 リクルートという列車での旅はそれなりに楽しくて、次々と愉快な乗客たちが乗り込んでくるのですが、ちょっと窓を開けてみたら、爽やかな春の風に吹かれたものですから、心のままに外へと出てみようかな、と思った次第です。

またこの旅路のどこかで、愉快な乗客たち ―― リクルート時代の仲間たちと、巡り会える日が来ることを楽しみにしています。


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次は何をするの?最近どうよ?

しばらくは充電期間です。いまの自分には心を休める時間が必要だと思っています。

新しい旅①: 立ち上げ

最近は充実していて、夜は「明日もやるぞ〜」と思いながら眠りに付き、朝は「今日もやるぞ〜」と思いながら目覚めています。 子供の頃は毎日がこうだったのに、大人になってからは、この当たり前のワクワク感を失っていました。 いま自分の心に蓋をしたら、年老いてから後悔するだろうなという予感があるので、当面はイヤなことから全力で逃げて、楽しくやっていこうと思います。

具体的には、数社のお手伝いをして日銭を稼ぎながら、お試しで1つメディア事業を立ち上げているところです。 リクルートで学んだことをフル活用して事業を立ち上げるのは最高に楽しいです。

本当はさ〜、ここはさ〜、私の立ち上げた事業がバーンって明らかになって、 読んでいる人はズガガーンって衝撃を受けるとこなんですけど、 ちょっと急激にカオスになってきたので、落ち着いたらまたご紹介させてください!

まぁ、そういうところが楽しいんですけどね。

新しい旅②: お手伝い

数社のお手伝いをして日銭を稼ぎながら

こちらは主にITコンサルティングとして「データ活用に関連したシステムの要件定義・設計」を承っております。 特に業務委託の距離感は私にとっては快適で、執着心に囚われることなく、お客様が期待する価値の提供に専念できています。 ひとえに窓口の方々が便宜を図ってくださっているお陰だと感謝しています。

フルタイムの労働力提供は当面差し控えますが、知見のアウトプットや企業支援は引き続き積極的に行いたいと思っています。 「お世話になった業界に対して恩返しをしたい」「頼りにしてくれる人たちの役に立ちたい」という強い気持ちがあるからです。 少しでも関心を持ってくださる方がいましたら、お気軽にお申し付けください。

ちなみに手伝っているところの1つがメルカリ社のBIチームです。 「Plan・Do・See」の「Plan」と「作る・売る」の「売る」が強いチームだと解釈しています。 私は日本におけるDataOpsの第一人者として知見やノウハウを提供し、代わりに一流のアナリストたちから分析スキルを盗ませてもらっています。

特に@mattsun10919298さん、@hik0107さん、@shinya_131さん、@nakatomo____さんたちにお世話になっています。 また、チームは違いますがML界隈の@hurutoriyaさん、@dama_yuさん、@cocodripsさんたちにも影で助けてもらっています。 あと、たまに@tantantantan23さんや@tottie_designerさんにSlackを荒らされています。

基盤エンジニアを絶賛募集中ですので、興味のある方がいましたら、ぜひカジュアル面談にお越しくださいませ。

はい、そんな感じで相変わらずワイワイやっています。 せっかく大人になるなら、ジャック・スパロウやジン=フリークスみたいな、爽やかなクソ野郎になりたいです。

おわり。

おまけ

よもやま話をしようぜフォーム

1つ目。よもやま話をしようぜフォームです。カフェで30分ほどお話でもしましょう。お気軽に申請ください。 作成の経緯:退職直前にとあるミスが発覚して、後片付けを押し付けて去る形になってしまい「お詫びにランチを奢ります」「面白そうだからGoogleフォームを作って退職エントリーに貼っておきます」と宣言した。

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ex-Recruit Slack(非公式)

2つ目。ex-Recruit Slack(非公式)を作ってしまったので、ぜひジョインしてください。既に荒廃しています。

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ウィッシュリスト

3つ目。ウィッシュリストです。 ほとんどKindleなのでちょっとアレですが、ご祝儀ということで、どんどん送ってくれると嬉しいです。 あの日の#ultra_soulの残り香を少しだけ感じられるかも。

そんな感じです。やっていきましょう!

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#「迷い」と「決断」

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